コーギーちゃんねる

2ちゃんねるの芸能、スポーツなんかを適当にまとめてるブログだよ。

カテゴリ: プロレス

1 :砂漠のマスカレード ★:2021/05/09(日) 13:49:24.69 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/c0g8tAc.gif 新日本プロレスは9日、新たに7選手が新型コロナウイルス陽性判定を受け、団体内感染者が計9人となったことを発表した。

 新日本では4日の福岡大会の試合前に出場予定選手の発熱を確認し、急きょ対戦カードを変更。翌5日の検査で当該2選手が陽性判定を受けた。これを受け濃厚接触者ならびに他選手、スタッフも必要に応じ検査を行うとしていた。

 そして新たにこの日までの検査で7人の陽性が明らかになり、陽性者は計9人となった。これまで徹底した防止対策を行って感染者を出してこなかった新日本プロレスだが、団体内でクラスターが起きてしまった格好だ。「陽性判定を受けた全選手が軽症もしくは無症状ではありますが、保健所、医療機関の指導の下、隔離措置の上、治療に専念してまいります」と発表した。

 国内では新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、緊急事態宣言は31日まで期限が延長された。新日本は予定していた15日横浜スタジアム大会、29日東京ドーム大会の2大スタジアムマッチの延期を発表している。

5/9(日) 12:12配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/bcb786b2b302af5fb2c3583b4001d819538d59ce

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1 :砂漠のマスカレード ★:2021/05/06(木) 09:30:50.47 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/PhucMO5.gif  元プロレスラーのキラー・カーンこと小沢正志さん(74)が経営する、東京・新宿区百人町の「居酒屋カンちゃん」が5月22日に閉店することになった。プロレスラー引退後、「スナック カンちゃん」に始まり、場所を変えながらも飲食店を経営。歌手の故尾崎豊さんも常連客として名を連ねた名店だけに閉店を惜しむ声も多い。新型コロナウイルスの影響かと思いきや、真っすぐな性格のカーンさんらしい理由があった。


尾崎豊さんが愛したカレーライス、みそ味のカンちゃん鍋など、絶品料理でプロレスファン以外にも多くの客が通う人気店だ。緊急事態宣言が発令されている現在は酒類の提供はせず、午後8時までの時短営業を行っている。

 コロナの影響については「それはうちだけじゃない。苦しいのはみんな一緒だから」と経済的な理由を否定。最初こそ「しゃべりたくないよ」と拒否していたカーンさんだが、少しずつ重い口を開いた。

「この街がいやになったんだよ」——。約6年前に現在の店舗に移転。店内の改装費にも数百万円も費やした。JR新大久保駅近くのコリアンタウンにあり、周りは韓国料理店が軒を連ねるが、「居酒屋カンちゃん」は日本料理店。ただ店名のせいもあり、韓国料理店と勘違いし、入店するお客さんも多いようだ。

「この前も女の子3人が入ってきて『チヂミありますか』って言うから『ありません』って言ったら出ていった。こっちはおしぼりも出してるのに。おしぼりだってタダじゃない。この街に韓国料理を食べに来てるんだから、日本料理でやっていくのは大変」

 ほかにもトイレ目的の客や店の前にゴミを放置されることが日常的にあり「毎回毎回、掃除するのにも疲れたよ」と呆れた表情を浮かべる。

 カーンさんといえば昨年10月、不祥事を起こしてしまった。店舗近くを自転車で走行中に20代女性をはねて負傷させ、そのまま走り去り、重過失傷害と道路交通法違反(ひき逃げ)の疑いで書類送検された。多くを語らなかったが「それもあるね」と追い撃ちをかけたようだ。

「プロレスもそうだけどイヤと思ったら、俺はスパっと辞めるから。ハルク・ホーガンとかみんな止めてくれたけどスパっとね。この街を好きになろうとして頑張ったけど、好きになれなかった。それでいいじゃないですか」とサバサバとした表情で話した。今後については「ホームレス」とニヤリ。「お金がないからね。何かやるときは報告しますよ」

 閉店を惜しむ声は多い。この日もカーンさんの味を求めて常連客が「閉店までは、来れるだけ来ようと思う」と席を埋めた。訪れた客の多くが注文するのが、尾崎さんが愛したカレーライスだ。記者も注文。どこか懐かしさを感じる味は、また食べたくなる不思議な魅力を持っている。このカレーライスが食べれなくなるのは、確かに惜しい。

 常連客は「尾崎豊にカラオケを歌わせて、『演歌はヘタだった』って笑ってました」とカーンさんらしい豪快エピソードを明かしてくれた。

 最初こそ口の重かったカーンさんだが、徐々に軽口も叩きはじめ、「東スポは年末にやってるでしょ、アレ(プロレス大賞)。なんで俺に賞をくれないのかねぇ(笑い)。アメリカでの実績は関係ないの? 前座でやってたやつらはもらってるのに。不思議なんだよなぁ」と不満が本紙に飛び火。ほかにも「世紀の一戦」と呼ばれたアントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦の裏話などでお客を楽しませ「なんでも教えてあげますよ」と人懐っこい笑顔を見せた。

 最近のプロレスについては「見てない。オーカーン? 知らない」とグレート—O—カーンの存在は知らないとのこと。オーカーンは閉店前にあいさつに行くべき!?

https://news.yahoo.co.jp/articles/00cd1fcce47b307413babc8eed2f0f163934098b
5/6(木) 5:15配信
https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20210506-03121131-tospoweb-000-11-view.jpg

https://ximg.retty.me/resize/s600x600/-/retty/img_repo/l/01/2512497.jpg

https://livedoor.blogimg.jp/kojibs1/imgs/5/2/522d1154.jpg

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1 :砂漠のマスカレード ★:2021/04/11(日) 08:36:55.77 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/mLhhzgc.jpg 高視聴率を記録した8年3か月ぶりのゴールデンタイム生中継

 今から21年前の2000年、テレビ地上波放送で8年3か月ぶりにプロレスのゴールデンタイム生中継が行われた。「ワールドプロレスリング」を放送するテレビ朝日が4月7日、「橋本真也34歳、小川直也に負けたら即引退!スペシャル」と題した特番を東京ドームからオンエアしたのである。

 94年バルセロナ五輪柔道銀メダリスト・小川直也と橋本の抗争は、97年4月の小川プロレス初参戦から続いていた。「負けたら即引退!スペシャル」までの戦績は、橋本の1勝3敗。この年の1・4東京ドームでは両雄がタッグ(橋本&飯塚高史組VS小川&村上一成組)で対戦し、パートナー同士で決着(飯塚がスリーパーで村上に勝利)。両者はアントニオ猪木とジャニーズの滝沢秀明がエキシビションマッチを行った力道山OB会「第2回メモリアル力道山」3・11横浜アリーナで初タッグを結成。天龍源一郎&BB・ジョーンズ組と対戦したが、橋本が村上に襲撃されたことから敗北を喫してしまった。試合後、橋本は新日本4・7東京ドームに決まっていた小川戦に引退を懸けると宣言。これをきっかけに、「負けたら即引退!スペシャル」が“企画”されてしまったのである。

 センセーショナルかつショッキングなタイトルがつけられた番組は、世間でも評判を呼び高視聴率を記録した。しかも大半の人たちが予想していた引退回避のハッピーエンドはもろくも崩れ去り、橋本が小川に衝撃のKO負け。闘魂三銃士の1人として新日本を支えていた橋本は、“即引退”を余儀なくされてしまうこととなる。ちなみに、同大会での闘魂三銃士は武藤敬司がグレート・ムタとしてアメリカWCWから逆上陸、蝶野正洋との一騎打ちで反則負けを喫した。

 橋本の引退に加え、00年のプロレス界にはもうひとつ衝撃的な事件が発生した。長きにわたり日本のプロレスシーンを新日本とともに二分していた全日本プロレスが分裂してしまったのだ。しかも、三沢光晴を筆頭とした大量離脱により、全日本には渕正信、川田利明、マウナケア・モスマン(8・20後楽園で太陽ケアに改名)の3人しか所属選手がいなくなってしまった。6月16日、三沢らがNOAHの設立を発表。全日本は大量離脱後の初興行を7月1日に開催するが、皮肉にもこれがディファ有明のこけら落とし興行でもあった。翌日、天龍が古巣への協力を表明し、7・23武道館に参戦。天龍は川田とのタッグでスタン・ハンセン&モスマン組と対戦した。31日には馬場元子夫人が新社長に就任、団体は興行でのライバルだった新日本との対抗戦に生き残りを懸けることとなる。

 まずは新日本8・11両国に渕が来場し、長州力と握手。全日本9・2日本武道館で対抗戦がスタートし、蝶野が王道マットに参戦、渕を破ると、続いては川田が新日本10・9東京ドームに参戦する。

 同大会で川田は、IWGPヘビー級王者で夏の「G1クライマックス」も制していた佐々木健介と一騎打ち。健介は同年1・4ドームで天龍を破り、新日本の至宝を団体に取り戻していたのだが、川田戦に敗れ同王座を返上する。IWGPヘビー級のベルトは空位となり、その後トーナメントを開催。新王者誕生は、翌01年1・4東京ドームまで待たなければならない。
 
https://news.yahoo.co.jp/articles/7a2b3be7b99862d2bd09da4b43f5cba9121e8704
4/10(土) 10:10配信

https://www.youtube.com/watch?v=dIUG_JcPAYM&t=187s
S.T.O. 小川直也のテーマ

https://www.youtube.com/watch?v=wSVMEZSYlgY
橋本真也 入場曲

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https://number.ismcdn.jp/mwimgs/9/b/1200/img_9b1d3262e927b00056ee59e98670bd22408390.jpg
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https://tkj.jp/book_select_img/2019_0327_hashimotosinnya.jpg
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http://baku-danger.up.seesaa.net/image/883977479.jpg

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1 :砂漠のマスカレード ★:2021/03/29(月) 21:06:46.45 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/8CdNbjH.gif 元プロレスラーで元参院議員のアントニオ猪木さんが3月28日にYouTubeチャンネル「最後の闘魂」を更新。長引く入院生活にどこか疲れた様子で、「もういいだろう、楽にさせてくれよ」と弱音を漏らしています。

 猪木さんは、白髪としわの目立つ痩せた顔に笑みを浮かべながら、現在の生活ぶりを報告。コロナ禍で人のいない病院に残され、弱気になってしまうこともあるといい、周囲の人々から“もういいやって思う自分”を支えてもらっているとのこと。

 こもり気味の声で「もういいだろう、楽にさせてくれよ、っていう」と力なくこぼす一方で、「まぁ、けがはしょうがないと思ってね」「けがと手術の数なんて自分の歳よりはるかに多い」と、自身の78歳という高齢を引き合いに出し冗談めかして語りました。

 猪木さんは、2009年と2018年の2度にわたって腰の手術を受け、2019年秋には心臓の病気で2カ月半も入院。2021年1月、腰の治療で再び入院し、腕周りを動かすリハビリに取り組んでいました。1週間前の21日に公開した動画では、腰の痛みに加えて息苦しさや手足の脱力にも襲われていると告白しつつ、「外ももう桜が咲く寸前だしね。頑張って桜を見たいな」と今後の目標をコメント。最後には腕を突き上げ、しっかりした口調で「いきますか……? 1、2、3 ダーーーーー!!!!!!」とお約束のポーズを取り、ファンに向かって健在ぶりをアピールしていました。

 猪木さんの言葉を聞いたファンからは、「猪木さん、まだ楽にしてあげないですよ!」「病気に負ける訳がない。だってアントニオ猪木だもん」「病との異種格闘技戦に絶対勝つと信じてます!」と、叱咤(しった)激励する言葉が殺到。また、「猪木さんをサポートしている皆さんに頭が下がります」と、猪木さんを支える多くの人に感謝する人や、「猪木さんが、こんなになるまで闘っているんだ。私も闘う」と、動画を通じての闘病ぶりに元気づけられる人も見られました。

https://i.imgur.com/yr5xyNb.jpg

3/29(月) 18:17
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20210329-00000080-it_nlab-ent

猪木ボンバイエ
https://youtu.be/BvmqYM1xpZA

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1 :砂漠のマスカレード ★:2021/03/01(月) 22:29:07.24 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/CpvSUVj.gif 「死んでしまう」。テレビ中継の実況席から、衝撃的な言葉が飛び出した。その先には花道から場外に向かって、小橋建太にタイガースープレックスを仕掛けた三沢光晴がいた。2003年3月1日、東京・日本武道館で行われたプロレスリング・ノアのGHCヘビー級選手権。王者・三沢に小橋が挑んだ一戦は文字通りの死闘となった。

 リングアウトぎりぎりのカウント19で蘇生した小橋はその後、三沢の必殺技エメラルドフロウジョンをカウント2で返す。薄れる意識の中、タイガードライバーを切り返し、起死回生の豪腕ラリアット。最後はバーニングハンマーで3カウントを奪い、33分28秒の激闘に終止符を打った。

 「長かった。膝が治ったと証明するために(バーニングハンマーは)自分の足で持ち上げたかった」

 2年11カ月ぶりとなった三沢戦に勝ち、箱舟の至宝を奪取した。ノア旗揚げ前日の00年6月15日に全日本プロレスを退団し3冠ヘビー級王座を返上して以来、989日ぶりのシングルベルトだった。両膝手術などによる計1年半の欠場から02年7月に復帰。ついに念願の頂点へたどり着き涙があふれ出た。

 その後、GHCヘビー級王座を13度防衛し「絶対王者」と呼ばれた。順風満帆かと思われたプロレス人生を突然、ピンチが襲った。06年6月、腎臓がんの告知を受けたのだ。右腎臓の摘出手術は5時間以上に及んだ。体力を消耗し精神的なダメージも残したが懸命なリハビリでカムバック。07年12月2日、高山善広と組み546日ぶりにリングに立った。目の前には秋山準とタッグを結成した三沢がいた。日本武道館を埋めた1万7000人が耳をつんざく「小橋コール」で、がんから生還したヒーローを出迎えた。

 権威あるプロレス大賞で「年間最高試合賞」を小橋は8度受賞しているが、がんからの復帰戦を含め、そのうち5試合が三沢との対戦かタッグを組んだものだった。09年6月13日、三沢は広島で行われたタッグ戦でバックドロップを受けた直後に意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。46歳だった。

 激闘を繰り広げてきた盟友の突然の死。ノアは翌日も福岡で興行が予定されていた。中止という選択肢もあったが、小橋は6人タッグ戦に出場。三沢の無念を背負い、その後も体にむち打って、戦い続けた。

 13年5月、三沢と数々の名勝負を繰り広げた“聖地”日本武道館で引退試合に臨み、150発超のチョップと得意技ムーンサルトプレスを披露した。「悔いはありません。幸せなプロレス人生でした」。鮮明な記憶を残し、気力を振り絞って完全燃焼した。

https://i.imgur.com/MrKJlno.jpg

3/1(月) 15:00
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20210301-00000502-sanspo-fight

https://youtu.be/sBRuMQ7eHmA
三沢光晴 対 小橋建太

https://youtu.be/4M3gLs8JgU4
小橋建太 入場曲

https://i.imgur.com/3NBMFLg.jpg
https://i.imgur.com/R0y6FfN.jpg

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1 :シャチ ★ :2021/02/26(金) 09:58:01.43 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/6Y3t3zS.jpg 東日本大震災の発生から10年を迎えるのに合わせて日本政府は25日、被災地の児童に寄付金を送るなど支援活動を続けてきたカナダ在住のプロレスラー、タイガー・ジェット・シンさん(76)に両国友好親善への貢献に感謝する表彰状を授与した。在トロント日本総領事館が開いた授与式でシンさんは「(レスラーとして)49年間過ごした日本は私の故郷。心は被災した人たちと共にある」と語った。

 シンさんは1973年に新日本プロレスでデビュー。サーベルなど凶器を使った攻撃で「インドの狂える虎」の異名を取り、アントニオ猪木さんやジャイアント馬場さん、輪島大士さんらとの勝負で人気を博した。一方、地元トロントでは80年代から子供や医療機関に対する慈善活動を続けた。2010年には社会貢献をたたえ、地元の公立小学校にシンさんの名前がつけられている。

 11年の震災発生当時、シンさんと息子のレスラー、アリさん(47)が設立した財団はトロント周辺の学校などで募金活動を行い、集めた2万5000カナダドル(約200万円)超とカナダの子供たちからの励ましのメッセージを被災地に送った。

 オンライン形式で開催された授与式で、佐々山拓也総領事は「日本の人々は当時の支援を忘れていない」と感謝を述べた。授賞理由には「日本プロレス界の隆盛と発展への大いなる貢献」も加えられた。シンさんは震災当時を振り返り「津波の知らせを聞いたときは胸が張り裂けそうだった。日本には家族同然の人たちが多くいる。何かしなければとの思いだった」と語った。

 シン財団は今後も被災地支援を続ける考えで、この日は新たに2万カナダドルの寄付も発表された。総領事館は日本赤十字などを通じ被災地の児童支援などに生かしたい考えだ。【ワシントン高本耕太】

ソース毎日新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/967e41cfec4e0dd2aaa4d04e23988393acbd620d

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1 :爆笑ゴリラ ★:2021/02/15(月) 19:09:01.12 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/VODwJOq.jpg 2/15(月) 18:41
デイリースポーツ

武藤敬司 ノア入団「骨の髄までしゃぶって」ファンは「三沢が創った方舟に武藤が…」
武藤敬司
 プロレスラーの武藤敬司(58)が15日、自身のツイッターを更新。「この度、プロレスリング・ノアに入団する事となりました。」とファンに報告した。

 この日、プロレス団体のノア、DDTなどを運営するサイバーファイトが都内で会見し、武藤敬司がノアに、秋山準がDDTに同日付で入団すると電撃発表した。

 武藤は2年契約。84年、21歳で新日本に入門。02年に全日本に移籍し、社長に就任。13年に全日本を退団し、WRESTLE−1を旗揚げした。20年のWRESTLE−1の活動停止後はからノアを中心に活動。12日のノア・日本武道館大会では潮崎豪から史上最年長の58歳でGHCヘビー級王座を獲得した。

 武藤は「俺の骨の髄までしゃぶってもらいたいと思っています。宜しくお願い致します。」とつづっている。

 ツイッターでは「武藤敬司」がトレンド入り。コメント欄には「三沢光晴が創った方舟に武藤敬司が乗り込む。それだけであの頃のファンは堪らないです。最後の驀進。期待してます」「こりゃびっくりです。これからも頑張って下さい」「まぢすか!ビッグニュースです 頑張って下さい」などの言葉が並んだ。

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20210215-00000116-dal-000-4-view.jpg
https://news.yahoo.co.jp/articles/75102bc8f8103b3f808d72d01d6a349ae53be36d

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1 :征夷大将軍 ★:2021/02/05(金) 07:55:51.98 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/OIKg0gZ.png 東京スポーツ
2021年02月04日 21時30分

��世界の16文�≠ニして一時代を築いた故ジャイアント馬場さん(享年61)の「23回忌追善興行」(東京スポーツ新聞社後援)が4日、後楽園ホールで開催され、セミファイナル前には「第3試合」として、馬場さんと��不沈艦�≠アとスタン・ハンセン(71)の初対決(1982年2月4日、東京体育館)がスクリーンで上映された。

 徳光和夫アナウンサー(79)が新たに実況を入れた「リマスター版」で名勝負がよみがえり、試合が上映された直後にはハンセン、佐々木健介(54)、ノア・丸藤正道(41)、川田利明(57)、ドリー・ファンク・ジュニアPWF会長(79)からのメッセージが放送された。

 追悼セレモニーにはミスタープロレス・天龍源一郎(71)を筆頭に第2試合に出場したメンバーに加え、ザ・グレート・カブキ(72)、タイガー戸口(72)、キラー・カーン(73)、谷津嘉章(64)百田光雄(72)、田上明(59)、小橋建太(53)らのレジェンド勢がリングを取り囲み、10カウントゴングが鳴らされて黙とうをささげた。
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/2710503/

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1 :爆笑ゴリラ ★:2020/11/30(月) 07:26:44.24 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/j32PYq5.jpg 11/30(月) 5:30配信
スポニチアネックス

来年1月4・5日の新日本プロレス東京ドーム公演で「ドン・キナシ」として特別プロモーターを務めることになった木梨憲武(右)は、MV撮影でオカダ・カズチカと共演

 とんねるずの木梨憲武(58)が、新日本プロレスと異色タッグを組む。来年1月4、5日に行われる、毎年恒例の東京ドーム大会で「特別プロモーター」に就任。ボクシング界の名物プロモーター、ドン・キング氏(89)にちなんだ「ドン・キナシ」として、さまざまなコラボで大会を盛り上げる。

 サッカーや競馬に明るい印象が強い木梨。プロレスはあまり詳しくないが、本紙の取材に「1月4日までにはマニアになる。新日にとっても自分にとっても、新たな魅力を生み出してくれるコラボになることを期待したい」と語った。

 きっかけは、宇崎竜童(74)の名作をカバーした新曲「生きてるうちが花なんだぜ」が、テレビ朝日の地上波・CS両中継のテーマソングに決まったこと。宇崎と佐藤浩市(59)と3人で歌唱している人生賛歌。関係者と「歌詞の世界観とプロレスの熱気がピッタリだ」と話しているうちにコラボがまとまった。

 第1弾として、新日レスラーが登場するオリジナルのミュージックビデオ(MV)の撮影が行われ、木梨はドン・キング氏の逆立った白髪を強調したカツラを装着。「ヅラのダメ出しは2回した」とノリノリで、人気レスラーのオカダ・カズチカ(33)にヒザ蹴りを入れる“襲撃アドリブ”も出た。

 木梨は「終わったあとのメシ屋、飲み屋のプロモーターが本業」とジョークを交えつつ「新日ファンの方に仲良くしてほしい。2022年の創立50周年の際に切られないようにしたい」と本気。「デザイナーのドン小西さんと間違われたので、いっそコスチュームデザインを手掛けたい」など構想は膨らむ。

 「パワフルなドン・キナシさんに全て持っていかれちゃうかもしれないので、しっかり戦いたい」とオカダ。果たして本番での乱入はあるのか。注目だ。 

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20201130-00000100-spnannex-000-1-view.jpg?w=640&h=427&q=90&exp=10800&pri=l

https://news.yahoo.co.jp/articles/2d62df6276dbbbee89fdb697d33dd97a162bfd70

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1 :ネギうどん ★:2020/11/01(日) 12:49:55.46 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/e98lpI7.png  元SPEEDで自民党参院議員の今井絵理子氏(37)の長男で、プロレスラーを目指していた今井礼夢(16)がプロテストに合格し、12月7日にプロレスデビューが決まったことが1日、分かった。自身のインスタグラムで発表した。

 これまで礼夢はプロレスラーを夢見て「プロレスリングHEAT−UP」のHEAT−UP道場で鍛錬に励み、練習内容などを発信し続けてきた。

 この日「10月30日、プロテストに合格しました!!」とついに念願がかなったことを報告。「そしてデビュー戦が決まりました!! 12月7日、新百合トゥエンティワンホールで17:30開場、18:30開始です」と明かし、「応援よろしくお願いします!!」呼びかけた。

 今井氏は2004年5月にロックバンド「175R」のSHOGOと結婚。同10月に長男を出産したが、07年に離婚を発表。08年の日テレ系「24時間テレビ 愛は地球を救う」で長男が感音性難聴であることを公表した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/495defeb0df4ffe689cfe48fdadeb5a265d1c34e

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1 :幻の右 ★:2020/09/26(土) 23:36:39.59 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/449ye7d.jpg 伝説のプロレスラーのキラー・カンが、ニッポン放送「春風亭昇太と乾貴美子のラジオビバリー昼ズ」に出演し、ファンの間でも有名な、アンドレ・ザ・ジャイアントとの試合を語った。



メキシコに渡った時に“キラー・カン”と名乗っていたカン。現地のスタッフに「日本人は要らない。モンゴル人が欲しい」と指示され、モンゴル人プロレスラーとして活動していたという。

また、大のプロレスファンで、カンが大好きだった話す昇太。特に印象に残った試合については、“人間山脈”の異名を持つプロレスラーのアンドレ・ザ・ジャイアントとの一戦を挙げた。

「足首を折った」という強烈なエピソードが残る試合だが、この一戦についてカンは「あれ、アクシデントなんです。トップロープから飛び降りて、ホントは胸に当たるつもりだったんだけど、アンドレが立ち上がって、足首に当たったんですよ。骨折と言われてたんですが、本当はヒビが入っただけだったんです」と、解説した。

その後、アンドレが激怒しているんじゃないかと心配したと話すカン。そこで、当時の舞台裏エピソードを明かした。

カン: アンドレがラジオのインタビューで、「あの野郎、次会ったらぶっ飛ばしてやる」と言っていて、家族は「やめさせよう」と慌てたんですけど、僕は分かってますから。「アンドレは、さすがプロだな」と思いましたね。

昇太: アンドレとはその後どうなったんですか?

カン: アンドレに謝りに行った時に、大笑いしながら「こんなの大丈夫だよ。治ったら俺たちで客席満員にしような」と言ってましたね。やっぱりアンドレとやった試合はどこに行っても満員でしたね。



アンドレの、マットの外での演出に感動したというカン。このエピソードを受けて、昇太は「いや〜プロですよ。お互い何となくわかってるんですよね」と、2人のプロ意識に感心していた。

(ニッポン放送「春風亭昇太と乾貴美子のラジオビバリー昼ズ」7月15日放送分より)
ニッポン放送 NEWS ONLINE 2020年9月26日 22時20分
https://news.infoseek.co.jp/article/nipponhoso_239262/

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1 :幻の右 ★:2020/08/26(水) 16:17:17 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/qal7P1L.jpg 【天龍源一郎vsレジェンド対談 龍魂激論・前編】ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」の今回は“格闘王”ことリングスCEOの前田日明氏(61)が登場だ。現役時代は交わることがなかった両雄が、本紙紙上で夢の“対決”。3回にわたってお届けする前編では、新日本プロレスと全日本プロレスを代表した2人がお互いのプロレス観を正面からぶつけ合い、UWF、リングスで一時代を築いた前田氏が幻の全日本移籍秘話を明かした。


 天龍:お久しぶりです。体が大きくなったんじゃない?

 前田氏(以下前田):内緒ですけど、過去最高に近いですね(笑い)。

 天龍:ジャンボ(鶴田)は最盛期に138キロあったなあ。

 前田:えっ、138キロもあってあれだけ動けたんですか。すごいなあ。

 ——最後まで戦う機会がなかった大物同士です

 天龍:ジャイアント馬場さんから直接聞いたんですけど、前田選手は新日本から第1次UWFを経て、全日本に移籍する話もあったんですよね。

 前田:ユニバーサルプロレス(第1次UWF)が経営不振で(1985年9月に)崩壊した時ですね。全選手が集まってどうしようかという話になった。「新日本だけには絶対に戻りたくない」という声が圧倒的だったので、赤坂のホテル(当時のキャピトル東急)まで馬場さんに話をしに行ったんです。馬場さんは葉巻をくわえて「全日本は人員的にもパンパンで無理だから、どうしてもと言うのなら君と高田(延彦)君だけ引き受ける」と。それを藤原(喜明)さんに言ったらガックリして。「じゃあ新日本に話をしますよ」「勝手にせい」ということになったんです。

 天龍:その後に、俺がキャピトルに呼ばれて、馬場さんが「今度、前田と高田が来る」と言うから「いいじゃないですか。全日本はメチャクチャ盛り上がりますよ」と喜んでたら「でも他のやつがなあ、ちょっと…」と言葉を濁した。結局話が消えたことが分かって、その後に(グレート)カブキさんが「馬場さんがキャピトルの食事代を節約してれば、3〜4人は移籍できたと思う」と怒ってました(笑い)。

 前田:俺、葉巻に凝っていた時期があって年間300万円使ってたんですけど、馬場さんが吸っていた高級な葉巻代だけでも余裕だったんじゃないですかね(笑い)。

 ——結局、お2人は別の道に進むことになりますが、お互いをどうご覧になっていましたか

 前田:最初のころは、正直言って相撲から来て、えらい苦労してるんだなという印象でした。でも(87年の天龍革命から)輪島(大士)さんが相手になると、いきなり試合が変わってリングシューズのひもの痕が顔面に残るほどボコボコに蹴ってたでしょ。「何だこれは」と。相撲時代、よほど輪島さんに個人的な恨みがあったのかなと(笑い)。「輪島さん死んじゃうよ」って思っていました。

 天龍:ボコボコにしたのに一度もギブアップを取れなかった。何度やってもムクッて起きて向かってきて。

 前田:頑丈でしたよね。これは他の日本人にやれないだろうと思っていたら、他の選手にもやりだした。さすがに外国人にはできないだろうと考えてたら、スタン・ハンセンまでノックアウト(88年3月5日秋田大会の天龍、阿修羅原組対ハンセン、テリー・ゴディ組)させたから「どうなってんだ、これ?」って。天龍革命でUWFが話題にならなくなった。危機感を持ちましたよ。

 ——実は前田さんは輪島さんと因縁がある

 前田:高校時代に劇画「空手バカ一代」に影響されて街中でケンカの特訓をしてたんですけど(大阪場所の時期に)ザンバラ髪クラスの相撲取りにどこまで通用するか試そうとした。相撲取りがよく来る心斎橋のお茶屋さんの前で待ち伏せして「頭つかまえて、ヒジ入れて、ヒザ入れて、2、3発殴って…」と狙ってたら、後ろから異様な殺気と気配を感じて。振り向いたら当時横綱の輪島さんだった。「お疲れさまです!」と頭を下げて逃げました。後から考えたら「あの輪島さんをボコボコにするのか」って思いましたよ。

 天龍:フフフ…全盛期の輪島じゃないですか。

 前田:うらやましかったのは、新日本だとちょっと蹴りでカカトが顔面に入ったりすると「あいつは危ない」と言われて次の日から相手にされなくなるんです。それがハンセンをノックアウトしたり、やりたい放題でしょ。新日本じゃありえない。俺が同じことやったら外国人から総スカン食ってましたよ。

 天龍:馬場さんがハンセンの怒りを鎮めたんですよ。外国人には「テークケア」という言葉は大事にしていたからね。

(続きは元記事で)

2020年08月25日 11時00分
https://www.tokyo-sports.co.jp/prores/2107542/

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